| -函館朝市の歴史-
戦後、函館周辺の農業生産者の一部が換金の必要にせまられ、野菜の立売りを始める。当時は、組織化された配給ルートもなく闇市の一部とみなされていた。まだ駅周辺に朝市がなかったころ、今のNTT函館支社跡地に朝市はあった。立売り露店形態は、衛生・交通等の見地から常に立退きを迫られていた。渡島農業協同組合連合会の協力の援助を受け、東雲町電話局の土地を借用し、生産者と消費者が自然発生的に売買を行った。この頃より、野店市場が生まれた。
函館近郊から、露店商、ガンガン部隊と称されるものが集まり、市場の機能が拡大混乱におちいった。このため、渡島農業協同組合連合会の中に運営委員会を設け、管理運営にあたった。その後、次第に市民に認識されるもになった。
電話局新設のため、土地明渡しの申し入れがあり、市場存続のため、他に用地取得の協議が決議された。 |